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オッサンの実力を教えてやるぜ!

今は無き渋谷センター街のカレー屋「弁慶」の思い出

お題「私の好きなカレー」

どうも、ガンダムのオッサンです。

 

カレー、それも普通のカレーじゃあない、「私の好きなカレー」が今回のお題... これはヒャッハー委員会がツイキャス中に決めたお題になるのだ...が、正直言って私はしまった!と思った。

カレーをお題に記事を書いてみろと言われても何も降りてこない、それでも強引にカレー×〇〇で熟考を重ねた結果出てきたのはカレー味の〇〇〇と〇〇〇味のカレーだ。

だがこれは私が考えた究極の質問ではない、恐ろしく優秀な人間が考えた究極の質問...よって答えはない。

 

私は再び初心に帰り、お題を5回ぐらい読み返してみた。

するとどうだろうか、「私の好きなカレー」とは思い出のカレーもアリなのではないだろうか、それは二度と食べる事が出来ないカレーだとしても...だ。

 

まだノストラダムスの大予言効果が色濃い90年代後半、私は渋谷にいた。

レッツ東京デジタルホン

レッツ東京デジタルホン、訳して「デジホン」をご存じだろうか?

デジホンとは携帯電話会社で当時は安い携帯電話会社として若者に人気があった携帯キャリア。

「東京デジタルホン」「J-Phone」「ボーダフォン」「ソフトバンク」

これがデジホンユーザーが辿った数奇な流れになる。

 

デジホンを使う前の私はドコモ、IDOを使っていたが両社の携帯とも便所で水没させた。それで次は安い携帯にしよう...と思ってからのデジホンになる。

そんなデジホンと一緒に過ごした街が渋谷だ。

 

今となってはあまり近寄りたくない渋谷... しかし当時の私は常に渋谷にいる人間、あの時の私は何を目指していたのだろうか?

当時はガングロ・ロン毛・メッシュ・ピアスがいけてる男のスタイルでありチェックのシャツにゆったりめのチノパンさえ履いていれば間違いが無かった。

当時の私は正しくそんな若者、しかしかつての写真を数枚確認すると上半身裸で騒いでいるものばかり...狂っていたとしか言いようが無い。

 

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※現在は雪の上でこんな事をして遊ぶオッサンに進化しました。

 

そんなデジホンガングロロン毛メッシュピアス野郎が唯一きちんとした振舞いをしなければならないカレー屋がセンター街にあった。

知ってる人もいるだろう、カレー専門店「弁慶」だ。

弁慶

もう弁慶はセンター街にはない。いつ閉店したのか不明だが弁慶は昔から何の張り紙もなくしょっちゅう店を閉めてしまうようなカレー屋だった。

酷いときには一週間以上も平気で店を閉めるあり様、弁慶のマスターはそれについて当時の私には何も教えてくれなかった。

聞いても軽く会釈しながらただただ寸胴のカレーをゆっくりと混ぜるだけだ。でも今の私ならきっと話を聞き出せるような気がする。

当時弁慶のマスターは推定35~40歳、今の私よりも年下でセンター街で商売をやっていた事を考えると胸が熱くなる。

 

カレー専門店弁慶のメニューはとても少ない。

そもそもメニューを見た事がないがトッピングは恐らくチーズカレーか野菜カレーの二種類、後はチキンかビーフかポークしか無かったのではないかと思う。

 

そんな弁慶のマスターはあり得ないほど無口。

私の記憶では「いらっしゃいませ」すら言ってなかったような気がする。

そんなマスターの眼光はとても鋭く、常に寸胴のカレーを無言でゆっくりと混ぜている。その姿はカレー職人と呼ぶにふさわしいだろう。

 

マスターにチーズカレーを告げるとマスターは「ハイ」しか言わない。そして更に鋭い眼光で寸胴のカレーを丁寧に混ぜ始める。

当時の私にはさっきまで寸胴のルーを回していたのに何故オーダーが入ってからもしつこく回すのか...その意味が分からなかった。これは今でも分からない。

 

ほどなくして皿に盛り始めるライス... 量は凄くキッチリしている。

そこにカレーのルーを注ぐのだがこの瞬間、店の空気は一瞬ピリっとする。それは店内にいる他の客も分かっている。

全てが無言で行われるこの動作、鋭い眼光、皿に盛るルーの量とバランス...あのマスターは明らかに普通の人間ではない。

 

こんな店だから一見さんお断りでもないのに一見さんお断わりのような雰囲気しかしない、そもそも弁慶のドアは開けるのすら勇気がいるような店だ。そんな店がセンター街にあったなんて信じられない人もいるかもしれない。

しかしコレは事実だ。

 

弁慶のマスターの過去がどのようなものなのか、全くの不明で今後も情報が出てくるとは思えない。彼は店でよく本を読んでいたような気もする。

オッサンになった今の私のがマスターを表現するとするならば元軍人、または傭兵経験者が作るカレー....こんなところだろう。

もちろん弁慶の店内でデジホンを操作することはなかった。

恐らく二度と味わえない味

あんな美味いカレーは他で食べたことが無い。それはコレからも、この先も...だ。

もう20年以上も昔のことになるから「弁慶」といった名前すら思い出すのに時間がかかった私...それでも私の舌は弁慶の味をまだ覚えている。

きっと当時弁慶に通った人は皆同じ気持ちのはずだ、あのスパイスは尋常ではないほど人を魅了する味、なぜあれほどまでに美味いカレーがメジャーにならなかったのか分からない。

 

「この辺で美味い店ある?」

とセンター街で聞かれたら確実に弁慶を教えた、もちろん一見さんは入りにくいから一緒いってあげる。

でもマスターは私を特別扱いすることは無かった。それは多分他の常連に対してもそうだったと思う。

あまりに美味いので一日二回弁慶にいく事もしばしばあったんだ、それでもマスターはいつものようにお得意様特別サービスなどなかった。

 

私の好きなカレー

私の好きだったカレー

 

センター街を卒業した後も、私は渋谷にいく機会があれば必ず弁慶を覗きにいった。

しかしいく度に店が開いておらず、そんなことが何回も続いている内に弁慶は閉店してしまった。

 

これは私の予想だが弁慶のカレーに魅了された人間は同じ思いをしている可能性が高いと思っている。

弁慶の完全閉店日が不明なのだが恐らく閉店後、一年後、二年後も「もしかしたら空いているかも」の期待を胸にセンター街を歩いた人間は案外少なくないのではないだろうか。

 

そんな弁慶の足跡をネットで探ると懐かしいテキストベースの個人HPが出てきた。

アドレス的にbiglobeの個人HPだろう、私もかつてbiglobeでHPをやっていたから分かる。弁慶の情報が載っているだけあって放置されているのだろうか、迷惑がかかるかもしれないからリンクは貼らないでおく。

 

私の好きなカレー

私の好きだったカレー

 

最後まで読んで頂き、本当にありがとうございました。

※今回のお題をツイキャス中に考えたヒャッハー委員会のジョヴァンナさんとタグチさんのブログはこちら。

お二人は仲が良い感じしかしないのだがツイキャスになると自分の意見について全く譲らないで会話が止まるところが聞いていてとても面白いです。