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オッサンの実力を教えてやるぜ!

若くしてバイク事故で亡くなった友よ、俺は今でも大して変わってないぜ。

2017/10/2修正

どうも、ガンダムのオッサンです。

 

突然ですが、ふと思い出す仲がよかったアイツっていませんかね?

学生時代でもよいし社会人になてからでもよくて概ね10~20年は合っていない、連絡をとっていないアイツの事。

私のように40代になると既に亡くなられている方もいたりします。

そんな情報を人づてに聞いたりするとですね、どういうわけか

「俺も頑張らなくちゃな...」

ってな感情が込み上げてくるってもんです。

 

これは生きることを頑張ろう!みたいな感情がそうさせるのでしょう、まあ頑張ると思っても具体的に何かをするわけじゃないんですけど。

 

んで、ふと思い出すアイツ、それも思い出す時は一人じゃないと涙が見られちまうぜ!ってヤツいませんかね?

私のようなマニアックなオッサンにもそんなヤツが一人います。

※以下全て創作です。

高校時代の友

私がふとしたきっかけで思い出してしまうのは高校時代のアイツです。

彼は17歳という青春真っ只中にバイク事故により亡くなりました。

 

原因は単独事故でカーブを曲がりきれずにガードレールに激突、そして自力で家に帰った直後に倒れてしまいそのまま救急車で... と彼の両親に聞かされています。

なんでも激突した際に内臓が破裂していたようで破損したバイクで家まで帰ってきたのが奇跡らしいけど事故直後に病院にいけば助かった可能性があったというのが悔やまれます。

 

私は彼とお互いの家を行き来したり泊まったりするような仲の友達、しかも私は彼に相当憧れていたので当時はかなり泣きました。

誰もいない家

お互いの家に泊まりあう仲となればお互いの両親も電話での交流があります。

当時私の母が電話をとった時間が夜の10時か0時だったでしょうかね?完全に忘れちゃっていますが私が自室でいやらしい妄想にふけっている時にドアを蹴破る勢いで母が部屋に突入してきたことだけは覚えています。

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「〇〇君が亡くなったって!」

まあ自家発電が見れたのとアイツが亡くなったというダブルショックの破壊力はとんでもないもの、でも自家発電を見られる時ってのは案外そのような緊急事態なんでしょうね、当然ながら自家発電については触れない、そんな状況ではない。

 

母が何かをわめいていたと記憶していますが、私は即原チャリで彼の家めがけて出発。

しかし彼の家にいっても誰もいない、つか彼の家に勝手に入りました。

多分家の鍵はかかってなかったのでしょう、よく覚えていませんがそうだったはず。

 

そこから1時間か2時間後ぐらいでしょうかね、勝手に彼の部屋で泣きながらボーっとしているとピンポンの連打。

速攻で玄関に行くとそこには私の両親。

 

私が何も言わずに聞かずに自宅を出ちゃったのが原因です。

 

電話はつながっていた

この25年以上前の事情を書けるのは今でも彼の両親と年賀状やお中元のやり取りがあるからです。

 

第一報を受けたのは私の母で、彼の親は病院から私の実家に電話でした。

その第一報の時点では電話がつながっており、私が電話で話すべきだったのでしょう。

でも私は家を飛び出してしまい、その後に私の母が彼の親と電話で会話、そこで病院名や彼の家の住所を聞いて...といった流れです。

 

息子を亡くしてすぐの親と、それを聞いて家を飛び出していった子の親の電話はかなりのものだったでしょうね、お母さんあの時は本当にごめん。

 

みんな家の鍵をかけていない

彼の親も家の鍵をかけていない、私の親も多分家の鍵をかけていない、私の実家に電話しても誰も出ない、そして病院の電話番号わからない。

当時は携帯電話が普及していないのでどうにもなりません。

他人の家のどこにタウンページがあるかも分からないし、勝手に探すのもなんだったんでしょうね。

 

どうにもならないので私の母が彼の家のお留守番、父が自分の家に帰る、私は高校生なのに一人で深夜にタクシーで病院に向かうという話でした。

 

携帯電話が普及していない社会では事前に決め事をしておかないとこうなっちゃいます。

病院にいた彼の親

私は病院で彼に合っていません。

そこは親族だけということであり、夜間の警備員みたいな人に事情を説明したら彼の母が外に出てきてくれて家の鍵と留守番の事情を説明。

私は彼の母に抱きしめられならが「ありがとう...」の連発を聞きました。

その後は再び彼の家に戻って母と朝までお留守番。

 

あとで聞きましたが深夜に高校生を一人で病院に行かせることは色々と悩んだようです。

この辺の話は後に母親どうしで色々と話してたみたいです。

 

彼の母が言うには「明日学校にCD持ってこい的」な約束をしていたけど「明日は学校休むから持ってこなくていいや的」な事を伝えてくれみたいな感じでした。

オッサンになった今振り返ってみると17才という年齢で、しかもバイク事故を起こして自力で自宅まで帰ってきたのだから自分の死までは考えてなかったと思います。

 

一応私にとっては最後の言葉、でも感覚的には単なる伝達事項であって、

今までありがとうな的な言葉ではありません。 

ドラマなんかだとここで泣かせるメッセージでもあるのでしょう、ただ現実はこんな感じ。

自分の死を意識しない人間が発する言葉とはいかにも日常的です。

その時のアイツはどうせ病院に行けば治るぐらいの感覚だったのでしょうね、死んだら治らねえよ馬鹿

通夜と告別式

その後の流れは一般的なものです、

ただ高校生が亡くなるという事、それも学校で禁止されているバイクで事故というのは学校的にもかなり微妙な扱いなんでしょう。

次の日の教室で担任が知らせたようですが私はその日から学校を休んでいたので詳しい事は知りません。

ただ通夜にきた学校関係者は多分少なくて、学校の同級生も少なかったはずです。

それよりも暴走族やヤンキー的な地元の友達と先輩が多かった。

 

告別式にいた同級生は私だけ。

まあ学校ありますもんね、そりゃそうですよね。

でも当時は仲が良かったグループに対して「何でこねぇんだぁ!」と怒っていましたが彼のお母さんが「あなたも学校に行きなさい」みたいな事いってましたよね、結局彼の骨を拾うまで帰りませんでしたけど。

ふと思い出すアイツ

アイツの死は当時の私にとって衝撃的なものでした。

でも上で書いてきた私の行動、家族の行動を除いて客観的に見れば「高校生がバイク事故で亡くなった」というそれだけです。

もっと言えば高校生のくせに単車なんか乗ってるからそんな事になるんだ!とか馬鹿なやつだなぁ!とかなんでしょう。

 

いや、今の時代で考えれば高校生が60万近い単車を持ってること、そしてそれを買い与えた親のほうが責められるかもしれません。

 

全然ハッピーエンド的な要素は無いし、ドラマ性がある昔話でもない... そんな話ですがこうしてブログに書くという事は自分にとって何か少しだけ意味があるようにも思えます。

ただドラマじゃないので結論も最終回も無いだけ。

 

んで、あんなに憧れていたアイツのお墓参り、気がついたら20年以上も行ってません。

というかこのブログで記事を下書き状態にするまではアイツに会いに行こうと考えなかった20数年だったように思います。

 

霊園にある墓の番地も全く記憶にないのでアイツの家に線香あげにいくか、電話で番地を聞くか熟考しなければなりません... とはいってもいい年こいたオッサンが学生のように突然ピンポンお邪魔は出来ないのでやっぱり電話するしかないっぽいです。

そうだ、お菓子も持っていかなきゃですね。

 

アイツのお母さんとお姉ちゃんはメチャクチャ美人だったので変な気を起こさないように注意しないと...

 

最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。