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マニアックなオッサンのブログ

俺とお前と監視カメラ

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どうも、ガンダムのオッサンです。

 

目の前で自転車に乗ってるおばちゃんが転んだ時... 

声をかけますか?

それとも声をかけませんか?

 

これに対する答え、「大丈夫ですか?」と声をかけるのがたぶん正解なんでしょう。

その後おばちゃんの発言により後の対応が変わってくるはずで痛そうに、そして起き上がれ無さそうな感じなら出来る範囲で助ける、場合によっては救急車を呼ぶ等の行動が正解なんでしょう。

 

でも声をかける前に色々と考えてしまうのも今の日本ではないかと...

横断歩道でおばちゃんが転んだ

先日の午後、車を運転中に片側一車線の道路で信号待ちをしている時、目の前の横断歩道で自転車に乗ったおばちゃんが突然転びました。

信号待ちをする車両は私のみで本当に目の前、周囲に人は数人、第一目撃者は明らかに私、まだ周囲の人は気がついていない。

 

さあ、あなたならこの状況でどうするか?...です。

助けたい気持ちは当然あります、だがしかし.... 

私はすぐに動けませんでしたし、動くのを躊躇いましたし、結果的に何も出来ませんでした。

 

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周囲の確認

始めに確認したのがドライブレコーダーの録画マークの確認、その後に周囲に監視カメラがあるかの確認、継いで周囲の目撃者の確認です。

 

この時点でおばちゃんは起き上がれずにあまり動きません。

「ああ...骨折かも...」

そう思った矢先におばちゃんに声をかけて自転車を起こし始めるオジサンが... 私は車の中で固まっていました。

 

その時の心の声

「くるなよ、くるなよ...」

そうです...

私は段差も何もない横断歩道で自転車もろとも倒れたおばちゃんを疑っていました。つまり彼女を当り屋かもしれないと警戒していたわけです。

結果的に私は何もせず。

そしてこの結果について心が病んでいるのかもしれない仕方が無かったという二つの心の言い訳が同時に存在しています。

 

これはマイノリティーな考え方でしょうか?

たぶんそうじゃない。

ハメられるの怖い

昔からある痴漢の冤罪、最近ではネットで様々な対処法が書かれており、いったい何が正解なのかすらわかりません。

痴漢行為をする野郎がいるせいでこんな事になっているのですが、中には最初からハメでやろうと企む方もいる...と、ネットの記事で読んだりもします。

 

んで当り屋も始めからハメるのが目的の行為、それを防ぐ意味でもドラレコは必須と考えています。

 

こちらとしては何も悪い事はしていない、むしろ助けたい気持ちがあるのに怖くて出来ない.... 結果的に放っておく、触れないほうがよい...

全てはハメられるのが怖いからです。

だからこそドラレコは当然として監視カメラ(最近では交差点に設置してある)の確認と目撃者の確認が怠れません。

 

....という自己弁護を必死にしています。

 これを自分の中で消化するためにも記事を書くしかありません、たぶんそれがブロガーという事だと思う。

監視カメラ社会

監視カメラが町中にある社会... 

数年前に歌舞伎町の監視カメラで安全とプライバシーについての議論が起きました。

 

当時、私のスタンスとしてはプライバシーに重みを置く考え方。そんなんじゃ監視社会になっちまうじゃねーか!という考えに重みをおいていました。

 

誰だって監視されるのは嫌なもんです、私なんぞは熟女を見まくる要注意人物認定されたらどうしよう... と意味不明な不安を抱いたもんです。

 

つまり監視カメラが町中に設置される社会とは

悪事を働く存在への抑止力 < 国家権力の増大

というバランスで考えていたわけです。

これについても様々な見解があるでしょう、とくに政治的主張をされる方ほど尖った主張があると思います。

 

ただそのような不安も頭に全く無いままの数年... ええ、目の前でおばちゃんが転倒するまで忘れていた不安です。

そして今回の出来事... って私は終始見てるだけで何もしていませんが、街中にある監視カメラの存在について肯定的な考え方に変わっていると自分の中の変化に気が付きました。

 

私は自車のドラレコが動作しているので詐欺的な要素については安全です。

でもおばちゃんを助けたおじさん、彼にとって自分の行動を証明するものは監視カメラと私を含む目撃者のみ。

もちろん監視カメラの存在をおじさんが知っていたかどうか?もありますが、第一目撃者である私の見解だと、あのおじさんは監視カメラ及び目撃者等一切考えずにおばちゃんを心配して声をかけた人です。

 

そしてこれは私の想像ですが、

あのおじさんは交差点にある監視カメラの存在を知っていなかったのではないか?

...という事です。

 

おじさんは守られている

おばちゃんが何も無い横断歩道で自転車もろとも転んだ理由は分かりません。

急な貧血だったのかも知れませんし、虫が目に入ったのかもしれません。

 

道徳的価値観を優先させたおじさんの行動は間違いなく褒められるものです。

しかし...

おばちゃんがハメようとしていたら.... 

 

おじさんは世間知らずという事になるのでしょうか?

 

それは違う、絶対に違う!と主張するためにも監視カメラの必要性を考えさせられました。

あとはカメラの量の問題ではないかと思っています。

 

交差点は必須

交差点に必須とするとですね、都内は監視カメラだらけになってしまうでしょう。

こうなるとプライバシーの問題にも関わってきます。

 

これは何も悪さを企てるという事だけでなく、路上で

  • 「鼻くそをほじくる、しかも食べる」
  • 「股間が痒くてかきまくる」
  • 「10円玉を拾う」(チョット違うけどあえて例とします)
  • 「路上でキスをする、ついでにパイを揉む」
  • 「ナンパをする、そして失敗する」
  • 「エロ本を拾う(今の時代は皆無)」

他にも色々あるけどプライバシーに関わる問題です。

どれも人に見られたくない事でしょう、これらを録画されてるとなれば行動を抑制する必要があります。

つまり生き難い社会という事なのでしょうか....

※私のようなアホなオッサンのボキャブラリーではこのような下品な例という事で勘弁して下さい。

 

 

その一方でドラレコの普及.... 

様々な理由があるにせよ基本姿勢は自分を守るための録画装置という事だと思うのです。

そこには道徳的価値観を大切に生きたいという心の声が反映されているからではないのか?とも考えています。

 

でもこれは車に設置されたカメラ、場合によっては他の人を守れるものでしょうが基本的には自分を守るもの、歩行者や自転車が自分で録画しながら外出するという社会にまでにはなっていませんし、そんな社会こそ生き難い社会だと思います。

 

交差点の監視カメラはそのような憎まれ役をかってでていると考えれば設置もアリなのでは?あとは量の問題なのでは?と考えてみました。

まあ監視カメラは機械なだけで運用する人間の問題ですけど。

 

最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。