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オッサンの実力を教えてやるぜ!

愛とブログと現実と

どうも、ガンダムのオッサンです。

最近、遊びが忙しくてブログに集中出来る時間が少なめの私、それでも二日に一回ぐらいのペースで読者登録をさせて頂いているはてなブロガーさんの記事を2時間ぐらいかけて一気読みさせて頂いてます。

そんな中、ああだこうだと言いつつも尊敬しているブロガー「カンドー」のある記事が色々な気持ちを呼び覚ますのです。

www.kandosaori.com

明らかに刺激的、かつ挑戦的な記事タイトルといっても過言ではないでしょう、以前のはてな界隈ならば記事タイトルだけみて中身は読まずに批判ブコメやマウントブコメでどばぁーっとはてブが付くような記事タイトルだと思います。

カンドーのこの記事の結論は「愛」

愛を注ぐ場所をネットではなく現実の世界へ...と主張しております。

この主張の意味はかなり深いものがあると思っている私、色々と考えさせられます。

ヤバいブロガー枠「カンドー」といった女性ブロガー

はてなブロガーには「ヤバい枠ブロガーというものが存在しているかもしれない」はご存知でしょうか?

ヤバい枠ブロガーとは要注意人物としてはてなブログからマークされている...といった目に見える具体的な何かはありませんが、はてなでブログを書いている本人は分かっているし他人からみてもアイツ認定されてるな...と肌感覚で分かるものです。

ええ、そうです、私もヤバい枠ブロガーに認定されているであろうオッサンブロガーです。

そんなヤバい枠ブロガーと私が認定しているカンドー、

そもそもカンドーを匿名の場ではなくブログで「カンドー」と呼び捨てで記事に出来るまでに私も数年を要しました。

それでもブロガーとしては私のほうがカンドーよりも劣っている事は自分でも分かっています。だからヤバいけど尊敬するブロガーなのです。

私から見たカンドーのブログにおけるキーボードに感情を叩きこむ彼女とは「接客業はつらいよ! 人生はチキンレース! あけすけビッチかんどー日記!」といったステージで踊り続けるヤツ。

まあカッコいいですね。

数多くの批判を浴びてきたカンドーですが、実のところあんな人生も歩んでみたいものだ...と心の中で思っている人もいるように思えます。

因みにこのようにカンドーをカンドーと呼び捨てで記事を書くにはカンドーって呼び捨てにしても多分怒られないだろう...といった確信が75%ぐらいになるまではやめておいたほうが良いでしょう、私は60%ぐらいで呼び捨てにしているので少々不安。

負のエネルギー

さてカンドー呼び捨ては一旦置いておき、カンドーの挑発的な記事タイトルである

「はてながつまらなくなったのではなくわたしがはてなを越えた」的なやつ。

かなり強いタイトルですね、ブクマは少なくとも記事を読んだ方は結構いると思う。それでブクマで一言何か言いたい人も沢山いると推測してはいるけどカンドーの一文がそれをさせないでいるように思えます。

「負のエネルギーで世の中を変えそうな人」をきっちりすくい上げて今まで走ってきたんだよね。

http://www.kandosaori.com/entry/2019/01/27/073000より引用

何となくイメージ出来ていた現象、でも文字にするのは難しい現象、それが負のエネルギーで世の中を変えそうな人って言葉だと思うのです。 

実際に負のエネルギーで世の中が良い方向に変わるのか悪い方向に変わるのか?は私には分かりません。

何となく世の中平等的な方向に変わるイメージでしょうか、しかし世の中は平等が正義か?と聞かれればこれまた難しい問題。

はてな愛

さらにまだまだカンドーシャウトは収まりませんその一文がコレ

(たぶんだけど「保育園落ちた日本死ね」のタイミングが、はてなが世の中に追いつかれて、そして追い抜かれた瞬間だと思ってる)

はてなが先行していたのかどうなのか?ってな問題があるにせよ、このような考え方を出来ること自体がけっこう強い、はてなを愛している、または愛していたからこそ脳内から沸き起こる発想だと思うのです。

私にはこのような発想は出てきませんでした。

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愛とブログと現実と

カンドーははてなブロガー...というよりもはてなブログのオピニオンブロガーに対してでしょうか、レイトマジョリティーとして自覚を的な事をいってます。

ではレイトマジョリティーとは何か?サイレントマジョリティーの親戚みたいなヤツ?なんて思った小ボキャブラな私はさっそくググる...

レイトマジョリティ 別名:レイトマジョリティー,レートマジョリティー,後期追随者 【英】late majority レイトマジョリティとは、エベレット・ロジャースによるマーケティング論(イノベーター理論)において提唱された「採用者」の5区分のうち、「アーリーマジョリティ」に追従する形で受容を始める比較的後期の受容者層を指す語である。 レイトマジョリティは多数派の層のうち、比較的、物事の導入に慎重・懐疑的な姿勢を示す層といえる。普及がある程度進み、周囲に受容者が増え始めてから受容する、といった段階がレイトマジョリティに該当する。

レイトマジョリティとは何? Weblio辞書より引用

なるほど.. これはオッサンブロガーには感覚的に分かるやつですね、例えば私が自分をガンダムの”オッサン”と名乗る部分がこれに該当しています。

そんなレイトマジョリティーが出来る事...カンドーが「わたしたち」という言葉を使っている部分が私に刺さったのでこの記事を書いているわけなんです。

つまりカンドーの挑発的な記事タイトルから始まる内容の主張はですね、

「俺らはこうあるべき論」

であって、俺らとは今まではてなブログでギャーギャーと楽しく遊んでいた正しく俺ら(女性はアタシら)の事、はてながつまらなくなったと感じる俺らの事でしょう。

 

そして俺らの居場所だったはてな、遊び場だったはてな、タイマン場だったはてな....それは愛であり恋であり、ブログとして形にしていた...という事のように思えます。

その愛や恋やらをブログではなく現実の世界で叫ぼうぜ...!で、ネットは結果報告だけでいいんじゃね?ってのがカンドーの主張って事だと感じました。

 

これを深く考えるとですね、俺らアタシらの時代は終わった、というよりも終わるベキである論を少なからず感じます。

こう考えるとカンドーの言いたいことはやはり刺さるし、以前から私もブログでオピニオンや日記を書く時は「ジタバタしているオッサンな姿勢にしよう」と心がけていた部分はあります。

カンドーの言葉を借りると、それが負のエネルギーで世の中を変えようとするオッサンが考えてのキーボード叩き込みだったようにも思えます。

 

そして今後はネットでは結果報告ということ。

言いたい事は何となく分かるし、そっちのほうがはてなブログにとっても良いような気がするのは認めましょう。それにヤバいブロガー枠としても考えなければならない部分でもあると思っています。

しかし...

まだ踊りたい人は沢山いるのでは?と思っています。

カンドーの言いたい事はわかる、それにカンドーは最後の男を見つけての結婚なのだからレイトマジョリティなブログに行くのは分かるし行った方が良いとも思う。それは旦那の為でもあるしカンドーと旦那といった家族の為になるはず。

しかし世の中にはまだ踊りたりないオッサンはいるのです、それが例えば私。

踊りたいから下記リンクみたいな記事を書いたりしてしまうのです。

www.weblogian.com

ただカンドーはそんな俺らアタシらブロガーのあがり方を何となく示してくれた...これは感謝です。

私はまだその域には達してないけどいつかは通るであろう道、その時は参考にさせて頂きます。

最後まで読んで頂き、本当にありがどうございました。

加えてカンドーさん呼び捨てにしてごめんなさい、

ブコメで一言ではなく、はてなブログらしく記事で多言をやってみたくなったのでやってしまいました、全て私が悪いです、ごめんなさい。