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オッサンの実力を教えてやるぜ!

【昔と今】公共浴場の銭湯で和な刺青について

どうも、ガンダムのオッサンです。

 

先日スーパー銭湯ではない普通の銭湯に行きましてですね、湯船でくつろいでいる時にがっつりと全身に和な刺青が入った怖そうなオッサンが風呂場に入ってきました。

その時風呂場にいたのは私を含めた大人4人ぐらい、小さな子供が2人といった状況。

 

明らかに普通ではないオーラが漂う刺青オッサンの風呂場INというのは場の空気が変わる瞬間でしょう、くつろぎタイムがちょっとした緊張タイムに変わる瞬間です。

んで銭湯において刺青の入浴客が同じ湯舟に入ってきた時ってどうしますか?

  • まったく見ないふりをして湯船くつろぎを続ける?
  • 1分ぐらい同じ湯舟につかった後に出る?
  • 30秒ぐらいで湯船を出る?
  • 湯船を出ない?

別に刺青の入浴客が湯船に入ってきたからといってコチラが出る必要は無いし、全てが自由なのは分かってはいます。でもやっぱりコチラとしては身構えるし子供連れのパパさんは口数減るし子供に騒ぐなとするよね...

刺青・タトゥー客の銭湯入場について

所謂普通の銭湯とは公衆浴場のこと、公衆浴場は基本的に刺青・タトゥー客の入場についてお断りをしていません。

これは公衆浴場法の4条と5条の部分に関わるところ

第四条 営業者は伝染性の疾病にかかつている者と認められる者に対しては、その入浴を拒まなければならない。但し、省令の定めるところにより、療養のために利用される公衆浴場で、都道府県知事の許可を受けたものについては、この限りでない。

第五条 入浴者は、公衆浴場において、浴そヽ うヽ内を著しく不潔にし、その他公衆衛生に害を及ぼす虞のある行為をしてはならない。

e-Gov法令検索より引用

他にもこんな判決がある

公衆浴場が住民の日常生活において欠くことのできない公共的施設であり、これに依存している住民の需要に応えるため、その維持、確保を図る必要のあることは、立法当時も今日も変わりはない。

公衆浴場法合憲新判決(刑事事件) 上告審より引用

 

日本ならではの判例みたいな感じでしょうかね、やはり日本にとって風呂とは大切な存在との位置づけと考えているように思えます。

ただし公衆浴場でも刺青・タトゥーの方をお断わりしている銭湯もあるようです。

では刺青・タトゥーのお客を完全にお断りしている銭湯は?というとスーパー銭湯のような温泉施設と呼ばれる風呂。

だからスーパー銭湯ばかり行く人は刺青の入浴客を見ることは無いのです。

それでも刺青・タトゥーOKな温泉施設もある、また東京オリンピックの外国人観光客への対応から考えてこの先事情が変わる可能性もあります。

昭和時代の銭湯に「和な刺青」のオッサンが入ってきた時

私の子供時代はスーパー銭湯など存在せず、外の風呂に入りにいくといえば公衆浴場の銭湯。当時の実家には風呂がありましたが気分転換に....ということで父と銭湯にいくこともしばしばありました。

そんな昔の銭湯は家に風呂がないクラスメイトの子とあったりする場だったりもしまして湯舟で遊ぶ、他人の大人に注意される、頭を叩かれる、といった光景は当たり前の世界。

脱衣所の扇風機前は完全に争奪戦...といった状況だったと記憶しています。

 

そんな昭和時代の銭湯、刺青のオッサンはごく普通に存在しておりまして珍しい存在ではありませんでした。

親父に小声で「見るな...」と言われたって見てしまうものは見る、なんたって体に絵が書いてあるのと変わらない状態ですから。

しかも見るだけではおさまらず刺青のオッサンに話かける、触らせてもらう、良くみさせてもらうなんて事も。

 

今になって振り返ればそんな時の親の心境とはハラハラドキドキで間違いありません。

ただ私の記憶ではそんな刺青のオッサンも銭湯内では普通のオッサンと変わりない存在で「ボウズ、こんなの体に入れちゃダメだぞ、なあお父さんwww」みたいに言われていた感じだったように思います。

きっと親父は苦笑いしかできない厳しい状況だったでしょう。

 

つまり昭和時代の銭湯における刺青の入浴客とはさほどイレギュラーな存在ではなく日常、20人ぐらい銭湯内にいれば一人ぐらい刺青の人がいる...ってのが当たり前の状況でありまして現40歳以上のオッサンは少年時代の銭湯で刺青のオッサンをよく見ていたはずだと思うのです。

スーパー銭湯の登場で変わる刺青・タトゥーへの感覚

昭和時代の銭湯の話は今から40年近く前の話、それから時代は変化して各家庭に風呂装備は当たり前の時代になりました。

若い方って知ってます?

昔って家に風呂があってもシャワーが無かったのですよ、シャワー付きの風呂なんて贅沢品という世界だったのです。

じゃあ頭はどうやって洗うのか?っていえば湯船のお湯を桶ですくって流す...になります。

 

今の時代、そんな状況とは貧困を考えてしまうような時代でしょうね。

 

さて現代のスーパー銭湯、サウナはあるしジェットバスでマッサージされるし露天風呂はあるし...でまさに極楽リラックスな施設、腹が減ったって大丈夫、豊富なメニューから好きなものを食べる、マッサージもあるし髪切り屋もはいっていたり。

さらに贅沢に...となると岩盤浴や日焼けマシーンなどといった一大リラックス施設となりつつあるのが現代のスーパー銭湯でしょう。

 

そして昔ながらの公衆浴場とスーパー銭湯と比べてどちらがユーザービリティがあるか?どちらが人気か?と言われれば間違いなくスーパー銭湯になります。

そんなスーパー銭湯は刺青・タトゥー客の入場はお断りがほとんど... つまり現代の銭湯事情において、全身刺青の入浴客を見る機会とはとても少ない。

 

見るとすれば公衆浴場の銭湯か海水浴場などでしょうか、しかし海水浴場でもそのような和な刺青のオッサンが堂々としているような世の中でもない、ビーチの端っこに陣取っていたりラッシュガード等を着ていたりするのでマジマジと見れる機会は昭和に比べて圧倒的に少ないはずです。

 

対照的な存在として海水浴場やBBQで見かけるのが若者のタトゥーやタトゥーシール。

こちらはファッションの面も強いことから和の刺青オッサンが現れた時のような緊張感は少ないものがあります。

2018年、公衆浴場の銭湯に刺青のオッサンが入ってきた

先日私が訪れた銭湯は刺青・タトゥーお断りの銭湯ではありません。昔ながらのごく普通の銭湯、大人480円の普通の銭湯。

私が風呂場に入った時は大人3~4人、子供2人といった状況でした。

 

一通り体と頭を洗い、湯船でくつろいでいると小学1年ぐらいの男の子が楽しそうに湯船で遊んだり軽く騒いております。

その子のお父さんは軽く注意しつつも自身のくつろぎを優先させるような感じ、まあ平和な空気。

オッサンの疲れが大きな湯舟に吸い込まれてゆく... イヤな事や面倒な事を忘れた極楽のひととき。

 

そんなスーパー銭湯と変わらないような空間に全身「和」な刺青の入浴客(60代)が入ってきました。

 

私としては公衆浴場の銭湯は久しぶりだったのですよね、だから感覚的にスーパー銭湯と同じ感覚だったので刺青のオッサンがはいって来た時に「げっ...!マジ?」とくつろぎタイムが一瞬で緊張タイムへと変化、

 

しかしよく考えるとここは普通の銭湯、「ああ、そっか、そうだよな...」と気分を改めるも少年時代のようにはいきません。可能な限り視野に入る形で刺青入浴客の居場所と動きをチェック、何をするわけでも何かされるわけでもないけどチェックせずにはいられませんでした。

 

しかし一緒に湯船につかっていた小さな子供がひとつのアクションを起こした時には部外者の私にも少し緊張が走る...

その小さな子供は刺青の入浴客を指さし、保護者のお父さんに「あのオジサン、絵...」みたいなアクションを起こしてしまったのです。

 

これも昭和の時代なら大人の苦笑いや「まあまあ」や「ボウズ」といった日常で終わる話だとは思う、しかし今の時代は少々違う。

刺青オッサンを指さして「オジサンの絵」と発言してしまった親は刺青について解説(その場で出来るわけがない)をするわけでもなく「静かに」や「指さしはダメ」という訳でもなく「さ、出るか...」といった風呂場から退出するを選択しました。

 

この親がとった選択、昭和時代の銭湯なら「ベストではない選択」だと思うのです。

では2018年の銭湯では... とても判断が難しい。

 

そのような刺青オッサンとはどのような存在であるか?を家に帰ってから子供に説明する機会とも言えるし、それは社会勉強の一環であるようにも思えたりもする。

しかし刺青・タトゥーお断りスーパー銭湯の姿勢がスタンダートな日本となればですね、そもそもは全身刺青のオッサンは2018年の日本において日常的な存在ではありません。

 

風呂場からの退出を選択した親、その後どのような会話をしたのかまでは不明ですが、昭和時代の銭湯とは違って無かった事、見なかった事にするような流れもひとつの答えなのかもしれない... なんて考えさせられました。

湯船の端っこで静かに浸かる刺青の入浴客

さて体を洗い終わって湯船にはいる刺青のオッサン、湯船の中央で足をのばしきっての激リラックス状態の私とは違い端っこでコンパクトに、かつ静かに湯を味わっているような入り方になります。

態度の大きさでいえば私のほうが大きい、湯船リラックススタイル。

でもやはり刺青オッサンから放たれるオーラは普通ではありません、端っこいるのに威圧感が凄い。

私も先に出た親子のように出ようかと悩みましたが刺青のオッサンと同じ湯舟に浸かる機会はコレから先もそんなにないとの想いから更にじっくりくつろいてみようか...と腹をくくりました。

 

そこから10分ぐらいは湯船に浸かったでしょうか、刺青のオッサンはほとんど動きを見せることなくじーっと浸かりっぱなし。私は湯の熱さが耐えられなくなりギブアップ... 我慢くらべをしていたわけではないもののオッサンのくせに根性があるなと思い知らされました、私もオッサンですけどね。

刺青のオッサンは銭湯にリラックスを求めていたのだろうか?

2018年の時代は自宅に風呂があって当たり前、ワンルームマンションだってユニットバスがついているので風呂無し物件のアパートに住む方のほうが少ないはずです。

刺青のオッサンの家に風呂があるか無いかまでは分からないものの体格のよいオッサン、食うに困るような生活とは思えません。

 

ここで色々な背景が見えませんか?

 

もはや昭和の価値観とは違うのでオッサンが堂々と刺青を見せてえばるような価値観、アウトローがカッコイイし女性いモテるような価値観は存在しないはずです。

そう考えると刺青のオッサンはリラックスを求めて銭湯に訪れた...と考えるのが自然な流れでしょう。

 

出来ればもっと高いお金を出してプライベートな風呂でリラックスがしたいのだけれど経済事情からそこまでは出来ない...といった部分まで見えてくる。

もっと言えばそのような年齢になっても銭湯でリラックスをするしかないといった事なのかも知れない... たんに銭湯が好きなだけかもしれませんが。

 

昭和の時代な銭湯とは刺青の入浴客でも肩身の狭い...ような雰囲気はありませんでした。それは日常的なものでありそのような人も普通に存在する、普通に銭湯に居るといった雰囲気。

しかし2018年の今、銭湯で見た刺青のオッサン... 私の目には肩身が狭そうに見えました。

 

それが彼の選んだ人生という事で仕方が無いと言えばそれまでですけどね。

 

このような時代の変化による出来事や価値観、今後は刺青ではなくタトゥーになってゆくのでしょう。

2030年ごろにはタトゥーのオッサンが銭湯で...となるのでしょうか。

 

最後まで読んで頂き、本当にありがとうございました。